2015年10月26日

佐伯啓思 『反・幸福論』

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この本もまさに、現代人が読んで、自分の今いる社会、今いる現代文明に対して、どのように接していくか?どのような社会を創造していくか、を考えさせられるものだと思いました。

現代日本の社会は豊かです。

自由、権利の幅は広がり、便利なもの氾濫し、乳幼児の死亡率低下しています。

なのに幸福論を求められる社会は何かおかしいでしょう。

幸福論が取りざたされるのは、やはり不幸な人が多いからでしょう。

そこでまず、コミュニティの崩壊を嘆かざるを得ないでしょう。

そこで、佐伯氏は、

「ある特定の社会や文化を背景にしながら、その中で、特定の価値観を負荷されて初めて人間たりうる」

というマイケルサンデルの言を引用しています。

ある特定の社会の中で、どういう生き方をすればいいのか、どういうふうに人と接すればいいのかなどを学ぶことができるのですね。

今の日本では、家族はもはやかつてのような食卓を囲む家族団欒などないです。

しかし、そお反対に、アメリカの半数は教会に行くのです。

日本はコミュニティの崩壊に晒されているのです。

佐伯氏は、 「集団主義にも個人主義でもない、両者の間を揺れ動きつつも身動きが取れない社会」と表現していますが非常に巧みな表現であると思いました。

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佐伯啓思

何らかの価値に真を置くことができない「虚無」に侵されている、とも言います。

そして、利益と権利の追及に走っている。

こういった社会の変化は必然のものです。

その変化を普遍のものとみなして、吟味を加えることも著作家の使命であると私は思ってます。


変化を否定して過去を称賛するわけでも、過去を否定して変化を称賛するわけでもありません。

変化と過去を両方吟味したうえで、その内容について評価をすることが大事であると思います。

変化、過去両方ともいい面悪い面があるわけですからね。

このような変化は、われわれ日本人の考えと行動の総体であるということを忘れてはなりません。


明治維新の昔から、日本人は村を捨て、共同体を打ちこわし、田舎から都会へと民族大移動をしてきました。

これは、自然の内に宿る神々によって守られてきた村々の敗北であり、都会の合理主義、近代主義の勝利である、と佐伯氏はいいます。

欲望や利己を求める心、都会へと人々がさすらいでゆくことが経済成長をもたらしたのです。

東京はますます華やかに高層ビルの建設ラッシュに沸くのに、地方は住む人の影も消えて店は廃屋となっていったのです。


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これは、需要と供給の法則がまさに当てはまります。

東京がますます華やかに高層ビルの建設ラッシュに沸いているのは、そこに住む人が大勢いて、高層ビルを使うようになる人が大勢出てくるという予測が建てられているからこそであり、地方に高層ビルの建設をしないのは、それを使う人はそんなにいないだろうという予測が建てられているからこそです。

人がいない地方で高層ビルを建てたらそれこそ赤字になってしまいますからね。

こうなってしまうのは、人々の欲望や利己を求める心だけではないでしょう。

明治維新以降の中央集権体制も原因としてあるでしょう。

西欧に追いつけ追い抜けという国是の元、またいつでも外国と戦争ができるように、日本社会全体を中央集権体制にして、社会全体を素早く動けるようにしたのです。

地方分権など名ばかりで、地方の権限は非常に少ないが実情です。

しかし、戦争が終わったのだから、もうその中央集権を終わらせて、地方分権にするべきなのに、戦後70年地方分権は遅々として進んでいないのです。

これは嘆くことでしょう。

問題は、そういった地方の地域社会の崩壊のみならず、未婚化や老人の孤独死の数の急上昇という無縁化社会、構造内閣後のフリーターや派遣労働者の急上昇も、この本で取り上げられていて目が覚めました。

これらのことは、政府だけの責任とは思わないです。


戦後われわれが一貫しておこなってきた近代化、都市化、個人主義化、自由な民主主義という理想をもう一度全面的に疑う必要があるでしょう。

コミュニティや絆を取り戻そう、ということはたやすいですが、ことはそう簡単ではありません。

変化は、われわれの考えと行動の総体である、ということを忘れてはなりません。

孤独死や未婚ではいたくないというのなら、人との心の交流を積極的にして、いつまでも一緒にいれるパートナーを必死に探そうとするでしょうし、人との交流をしていく生活や人生が良いならば、フリーターや派遣労働者ではなくきちんとした社員になるでしょう。

そうではなく、人との交流に重きを置かないでいいという人間が多いからこそ、孤独死、未婚化、フリーター、派遣労働者が増えるのであって、そういったものとは正反対の人間が多いからこそ、今の状態になっているのです。


私の知っている孤独死した人、フリーター、派遣労働者の人は概して人との交流を忌避している人がほとんどです(苦笑)。

こちらが挨拶しても、反応しているんだかどうかわからない人や、無反応な人、友達もこれと決めた人としか付き合わないと非常に狭い人脈で満足している人がほとんどです。

私からいわせれば信じれないことですが、彼(女)らはそれで満足しているのです。

昔は、そんなでは生きていけなかったですが、社会は豊かになり権利の幅が広がったことによって、さらにそういう人が多くなっていることは間違いないでしょう。

私はそうはなりたくありませんから、積極的に人との交流を欠かさないでいます。


こういった人の増加にも原因があるわけですから、何も孤独死、未婚化、フリーター、派遣労働者の増加は、政府や企業だけの責任に帰するものではないと思います。


ここで思い出されるのは、心理学で学んだ以下の事です。

「人は2種類に分類され、1つは人と心に敏感な人。もう1つは人の心に無頓着な人。」


後者に分類される人にこちらがいくらアプローチしてもその人が心を開くことはありません。

しかし、前者の人は心優しい人ですから、いつまでも一緒にいたいと思います。

やはりどんなに近代化、都市化、個人主義化が進んでも、前者のタイプの人は厳然と発生し存在し続けます。

ですから、日本の人間社会が完全にいびつなモノになるとは全然思っていません。


このような人が多くなることを願っているのです。

希望は全然あるのです。

前者のタイプの人は、やはり人との交流を積極的にしていこうという気概がありますから、宗教にハマる人が多いです。

宗教は人との交流を求めるのが前提ですから。

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ですから、私はいろんな宗教の人と交流していますし、いろんな宗教の本を読んでいます。

だからといって特定の宗教に入ったりはしません。

その宗教の教義だけで、人間社会だ語られるほど、単純なものとは思いませんから(苦笑)

その宗教で学べるものを学びつつ、さらにいろんな事象について学んでいく姿勢はいつまでも貫きたいと思います。

この本で一番印象に残ったのは、日本が明治以降、村を捨て、共同体を打ちこわし、田舎から都会へと民族大移動してきた、そのことで経済発展をしてきた、ということですね。


しかし、その結果、近代化、都市化、個人主義化が進み、コミュニティが崩壊した、ということですね。

日本は世界を見渡しても異常な国で、非常な集権国家です。

大学や専門学校の半数以上が東京にありますから、高学歴をめざしていろんな地方から東京へ集まってきます。

東京に学びに来た人たちは、それだけでは生活していけませんから、当然親からの仕送りが毎月10万円以上が地方から東京へ送られてきます。

それのみか、大学や専門学校を卒業した人たちのほとんどは東京やその他首都圏で就活をします。

それのみならず、学歴取得目的以外にも、安定した職を求めるために地方から来た出身者はかなりいます。

祖父母から3代で東京にいる人、所謂「江戸っ子」は東京在住の人の2割にも満たないようです。

ということは、地方から東京へ人のみならず大量のお金が集まってしまうのです。


これでは、東京が栄えて、地方が疲弊するのは当然の帰結でしょう。

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こうならないためには、やはり地方に人が留まるような制度がなければいけないのです。


職の安定や多様性、そしてとどまらざるを得ない魅力が地方になければ、この動きは留めることはできないでしょう。

地方から来た人で、地方に帰ることを考えていない人に訊いてみたところ、「何故地方にいたくないのですか?」という問いに対し、東京の都会の便利さや豊かさに慣れたら地方での生活など考えれない、と言うのです。

なるほど、私は江戸っ子ですから、地方の不便さを実感したことはありません。

ですが、このまま東京に人やモノやお金が集まってしまうままでいいかと言うとそうではないと思います。

ですから、この実態を見て、やはりこのまま地方が疲弊していくのが堪えられないというのであれば、やはり地方で生活すべきではないでしょうか?


東京にきてそのまま東京で生活しようなどと考えずに、自分の生まれ育った地方のために地方で生活しようとしたらどうか?

大学で教授される科学というものは、社会にある問題点を取りだして、それをよき方向へもっていくことにあるのです。

そのためには、こうなったらいいなと心で思うだけでなく、そうなるために行動をしていくことであると思います。

その地域で働き、金を使う人間がいればいるほどその地域は活性化するのは間違いないです。


経済学では自明のことです。


そのためには書物を読み、ニュースやインターネット等から情報を見つけ、それを吟味して行動していくことが大事だと思います。

このように文字に力によって良き社会を目指すのが科学の役目であると思いますが、年末試験時だけ勉強して、その後は得た知識は雲散霧消…これでは、科学を学ぶ意味がないのです(苦笑)。

自分たちの力で良き社会を目指す人たち、これを「市民」と呼びますが、その市民が日本には不在である、とカレルヴァンウォルフレンは過激な発言を彼の多くの著書で言っています。

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カレルヴァンウォルフレン

確かに、そのような市民がそのようなことをしても、栄誉がつくわけでも、お金が貰えるわけでもないでしょう。

しかし、そのようなことに生き甲斐を見出すのも悪くないですし、逆に充実した人生になるのではないでしょうか。

この書物の中で、他人の幸福を目指すことが己の幸福だと思うことこそ幸福になると悟ったトルストイを紹介しています。

そういった感情をうやむやながら心に抱いていたが、このような文をたくさん読むことによってそれが明確な思いになり、確固たる意志になり、そして行動に移す。


本にはこういう効用があるのです。

ですから、こういう触発されざるを得ない本を読むことを私は大いに勧めているのです。

そのような市民が多く出ることを、私は望んでいるのです。

そういう触発されざるを得ない書物としてこの佐伯啓思氏『反幸福論』はお勧めしたいです。

お買い求めは以下からどうぞ!



反・幸福論 (新潮新書)

その他、佐伯啓思氏の本について書いたページは以下!

『経済学の犯罪』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/426540927.html?1442938996

『西田幾多郎』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/409858456.html?1442739330

『従属国家論』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/421835004.html?1442739703

『科学技術と知の精神文化』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/418149998.html?1442739935

『正義の偽装』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/396634159.html?1442740341

『貨幣と欲望』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/375345171.html?1442740615

『日本の宿命』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/356624758.html?1442740994

『自由と民主主義をもうやめる』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/428055433.html?1445761232













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posted by ロックさん at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代社会論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする