2014年01月02日

加藤秀俊 『人間開発』

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現代の人不足は単なる人がいない、という状態ではなく、人材の不足であるという。

日本は戦後、工業化を推し進めるにあたり、機械化をすすめてきた。

単なる手作業ではなく、建築現場ではコンベアーを動かし、トラクターを動かし、クレーンを動かすことができる人材が必要である。

事務職では、単なる手書きの文書を作成する場面はそんなにあるものではない。

やはりコンピューターを使って文を書き、それを保存する。

また、計算も算盤など使っているわけにはいかないから、すぐに自動でしてくれるソフトをつかえなくてはいけない。

また、プレゼンでそれを表示することもできなくてはいけない。
手(チョキ)

要するに、ことは肉体労働であろうが、事務職であろうが、機械を使いこなせる人材の必要性を強調しているのです。

日本は、60年代から70年代にかけて、非常なスピードで工業化を進めることができ、非西洋の国で唯一アジアの国で先進国の仲間入りを果たすことができたのは、こういった機械による工業化を文化的な抵抗を出すことなく、すんなりと受け入れることができる国民性である、ということも関係しているでしょう。

こういった工業国では、これまでのモノをすぐに取捨して、常に新しいものをすぐに記憶して行使していく能力が必要であることはいうまでもありません。
ポケットベル

プログラミングの会社で一昔前は「コボル」というコンピュータ言語を操れる人間が引っ張りだこ状態であったと聞きますが、今では他のコンピュータ言語がとって変わり、そのコボルができても金にならないということです。

でも、一度コボルでプログラムしてしまった文書を読み解く場合もあるので、全く需要がないわけではないようですが…。

それまでの年功序列式の会社人事では上手く事が運ばなくなっていく。

能力があるものを積極的に採用し、高給をあげるようにしなくては…という議論がこの書には出ています。

この本は1969年に初めて書かれたものですが、私がこの本を読んだのは90年代の半ばでした。

その年代ギャップにもかかわらず、読んだ時代の世の様相と変わらぬ議論が、書かれた当時もあったのは、驚きでした。がく〜(落胆した顔)

こういった先進国の仲間入りを果たした日本は、江戸時代のような時代に後戻りすることはできません。

サラリーマンは、これから先も、自分の能力開発に取り組んでいかなくてはいけません。
手(グー)

日本が素早い世界の動きに対応できたのは、1つは読み書き能力が非常に発達していた、ということがこの本で挙げられていますが私も賛成です。

それはさかのぼれば、江戸時代の寺子屋にまでさかのぼることができましょう。

こういった末端の人民に至るまで教育が施されていたのは工業化に非常に有利に働くことは間違いありません。

そんな国に生まれたことを私は誇りに思います。わーい(嬉しい顔)

リーダーたる者、自分の能力開発をしながら部下の能力開発をしていかなくてはいけないのはいうまでもありません。

仕事中には、自分の仕事をこなしながらも、部下への注意を怠らずにできる、ということが求められます。

自分の仕事だけに夢中になってしまうのはよきリーダーにはなれません。

その仕事で上位に出世したければ、自分の仕事をレベルを上げながら、部下のそれも同時に監視できる、そんな仕事を選んだほうがいいと私は思います。

日本などの先進国において、ただ既存のものを踏襲するだけでいいという社会ではなく、常に新しいものを憶えて行動していく能力が必要である、だからとにかくその能力が高い者が給料を高く得れる、という非年功序列人事には反対ですし、実際にはそうはならないだろうと思います。


やはり、なんでもかでも仕事の能力ではなく、指揮力を発揮するには、それなりの熟練が必要になってきます。

ただ指揮るのではいけません。

短気をおこして言わなくてもいい指揮を言ってしまった。

また、どういうことをどういう場面でいうべきか、どういう場面でどういう場面で言わないべきか、こういったことは現場にいて、体得していかなくてはいけないのはいうまでもありません。


それは、少なくとも10年はかかるでしょう。


ただ指揮るだけの者が会社にいては、人事が長く続かないだろうと思います。

建設会社で、いつまでたっても社員が根付かない会社は、こういったコミュニケーションが全くできない社長だからだったり、いつまでも社員が3人以下のコンピューター会社では社長が傲慢だったりするから社員が根付かない、こんな例を私はしっています。ふらふら

要するに社長の勉強不足なのです。


スキル以外のコミュニケーション能力の勉強が足りないのです。

勉強というものは学校が終わったら、もうそれで終わりではないのです。

業務のスキルのアップも、指揮る能力の開発などを代表に、これから先ずっと続くのです。
揺れるハート

それを続けることによって人間的な深みのある人になれるのです。

深みのない人間には人はついてこないものです。

辞めていくでしょう、そういった人間に雇われた人間は。

しかし、非年功序列社会は、この本を読んだ90年代半ばでは想像できなかったほど急激に進んでいるなと感じます。

インターネットの登場で、1か月で普通のサラリーマンの年収を稼いでしまう人、あるいは1年以内で2億を稼いでしまった人などなど、いずれも20代30代でそれを可能にしてしまった人が多いのですから、90年代には想像もできなかったことです。

現代の技術先進社会、能力主義社会において、望ましい組織の在り方が、この本で述べられています。

それは、20人以下で動く小集団で仕事をさせるのが望ましい、ということです。

なるほど、私もその意見には賛成します。

これ以上であると、自分の意見の表明ができないし、強力なリーダーシップのある人間でないと人を監視し上手く動かせませんし、そんなリーダーシップのある人間はそういませんから。

人は、ただ指揮られているだけでは感情的に気持ちよくはないですから、私はこれまで、指揮しても、必ず褒めることを忘れないできました。

ただ、それが可能であるには、やはり20人以下でないと難しいですし、疲労困憊してしまいます。

これは、人とのコミュニケを求めている人の多い集団や会社に人たちに当てはまる子tですが、今はそういった人とのコミュニケを避ける人も多くいることは間違いありません。

DVDやパソコン、CDなどなどが巷に溢れ、人と接しないでも生きていける社会になってしまったのも、その原因の1つでしょう。

しかし、そういった人が出てきてしまっても、これから先、人とのコミュニケを求める人たちもずっといるでしょう。

そんな人たちに、この先、この技術先進社会、能力主義社会においてどんなことをどのようにしてアップさせたらいいのかを勉強してもらうためにこの本を読んでいただきたいです。
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人間開発―労働力から人材へ (1969年) (中公新書)













posted by ロックさん at 20:25| Comment(0) | 現代社会論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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