2015年06月07日

梅棹忠夫 『対論「日本探究」―外国人の日本研究』

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私が敬愛している著作家であり、今は亡き梅棹忠夫氏の対談集になります。

この人の学問に対するスタンスは、とにかく好奇心の赴くまま本を読み、その他情報媒体にアクセスして、自分の足で現地に赴き、真実を探り、物事の真理を明らかにする、というものです。飛行機

固定観念にとらわれることなく、真理を探ろうとするその姿勢には脱帽します。

しかし、それでいて、学問は何のためにあるのか、というスタンスについては、とにかく、好奇心の赴くまま、事を探る、ということだけで、「なになにをすべきだ」という当為を語らないのがスタンスであるようです。

私はこの人を知ったのは、大学時代ですが、そもそも大学で講義される学問は、「問題点を発見して、その克服のためには、人が何をしなければいけないかを考え、それを実行しなくてはいけない。」ということを発見しただけに、その梅棹忠夫氏のスタンスには、ちょっと驚きました。

しかし、後に書きますが、梅棹忠夫氏の本を読むとおのずからその当為がわかってくるから不思議です。

この対談集もそうですが、とにかく梅棹氏の学問に対するスタンスは、1つの専門に拘泥することなく、いろんな学問に秀でている、精通しているから驚きます。わーい(嬉しい顔)

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梅棹忠夫

好奇心の赴くままいろんな学問を学んでいるのです。

梅棹氏のこれまでに敢行した本の数は、もの凄いです。

数えきれません。

この人の専門は「生態学、民族学」ですが、それ以外にもいろんなことに通暁しているからこそ、いろんなジャンルの学者たちと対談が出来るのです。

この本をよんでそのことがわかりました。

文学、歴史、文化、政治…etcいろんな専門家と対談を進められるのですし、類は友をよぶという言葉通り、その専門家たちも、好奇心にあふれた人たちで、ご自身の専門に拘ることなく、いろんなジャンルにも興味をもって論を進めているのです。猫

いろんなジャンルに通じているとはいっても、専門をもたないでごちゃまぜの雑学ではなく、専門での業績を確立しておきながら、その他いろんなものに通じている、ということです。

今は亡き偉大な社会科学者であった小室直樹氏は、「2つの専門に秀でた上でいろんな学問を修めていかなくてはならない」というスタンスを本で書いておられましたが、その通りだと思いました。

もっとも、私は学者ではありませんから、専門をもたないごちゃまぜ雑学でもいいかなとは思いますが…また、「博学」という良い言葉で形容してもいいかなと…(笑)。

とにかく、この梅棹氏は、好奇心の赴くまま、いろんな本を読み、研究し、興味ある対象については現地に赴いて事物を観にいきましたから、この対談集を読んでも、いろんな興味深いことが掘り起こされ、それを読んだ私はついつい読み進めてしまいました。

私が面白いな、と思ったのは以下のことです。

以下ピックアップしてみました。

ロシアにある東洋学研究所のレニングラード支部では、万葉集や夏目漱石の『吾輩は猫である』の翻訳がなされている。

この対談がおこなわれた当時のロシアで一番人気があったのは、川端康成の『千羽鶴』であった。

夏目漱石や島崎藤村の本がタイで翻訳されていた。

キクユ族がケニヤで一番の大部族である。…ケニヤは自分の言葉、スワヒリ語、英語を習得しなければならない。

日本のアフリカ研究は、この本が出された年から20年前からなされていた。

毛沢東は、国家主席時代に、かなり選択的に西洋の技術だけを取り入れた。

しかし文明開化の時に、技術とともにヨーロッパ哲学、社会思想も全部取り入れた。

江戸時代の人物として有名なシーボルト(オランダ)は、西洋と日本を結び付けた日本文化にとって大変な恩人である。

日本に関するコレクションや収集品がライデン大学にある。

ラックスマンとノルデンショルドがフィンランド人として、日本と初めて接した人である。

フィンランドは第二次大戦で日本と同じ枢軸国であった。

毎年2〜3人が日本からフィールドワークに出ている。

フィンランド語は、格が15もある。

このように、紋切り型の教科書や1人の人が書いた論文では知ることが出来ない興味惹かれる知識がえることが出来る、対談という形式ならではのメリットをこの本で享受できるのです。

ただし、先にも書いたように対談者が、自分の専門だけに拘る人では無理な話ですが。

しかし、ただ好奇心の赴くままいろんな知識を集めているだけではないのです。

いろんなジャンルをたくさん研究してきた人だからこそ発見できた法則や定義があり、それらを提示されると非常な説得力をもって圧倒されるのです。

ある文化要素は、文化研究者で、それを自国独特のものだと思っている人がいるが、それは間違い。他国との比較を通じて結論付けなくてはいけない。

比較による研究によって自国の文化があからさまになるのだから、自国の文化をきっちり研究したうえで他国のそれを研究しなければならない。

自国の文化研究だけでなく外国人による自国研究にも接しなくてはわからない。

非常に至言であると思いました。

自分の得れる情報など限りがありますから、他の人から謙虚になって得させてもらおうという姿勢がなくてはいけませんね。

そのためにいろんなジャンルに接するのみならず、いろんなジャンルの専門家たちと対談をおこなって親交を深めているのですね。

梅棹氏は、出した本の数もさることながら、出した対談集の数も半端ではありませんでした。

それが基本になっていましたから、梅棹氏はいろんな友人に恵まれていたことでしょう。

私は、「この人とこの人とだけしか話さない。友人にならない。」と決めて、極少数の人としか親交をしない人には疑問を感じますし、そのようなモラルの人には寂しいのでなりたくないですね(笑)。

そういう人と、梅棹氏は対極にありますね。

その他、

「学問というのは、問題意識があって、それを解決するための仮説がなくてはならない」

「日本人の心のベースは神道というよりアニミズム。その上に仏教が重なった。仏教のチャレンジのもとに、神道が組織されてできたわけですから、上に重なった構造で、基層はアニミズム」

「文化も含めてそのほかにたくさんの装置、そして制度を一体的に捉えたものが文明。文化というものはその精神面における反映。精神的なものも物質的なものも全部ひっくるめたものを文明と呼ぼう。」

このように、梅棹氏による定義づけのものはよくあります。

1つの専門に拘ることなくいろんなジャンルを垣間見てきた氏の見解だけに説得力があります。

ただ多くの知識を得てきただけでなく、これまでの学説を鵜呑みにすることなく、自分の脳内の分析枠組でもって定義づけているのです。

端々に興味深い言葉がちりばめられているのです。手(チョキ)

こういうところが、教科書ではなく論文の本を読むメリットがあると私は思います。

この人が心底「凄いな!」と思ったのは、今は廃刊になってしまった『日本とは何か』という本を読んだ時のことですね。

これは、コレージュドフランスでおこなわれた講演ですが、なぜ日本が明治期に、西洋列強のように順調な経済発展を遂げることが出来たのかということを、日本の社会構造を詳らかに分析したうえで、提示して見せたのです。

日本はアジアですが、その社会構造がヨーロッパ型であった、ということに注目していたのです。

経済発展しやすい気候、一言語により言語的なコミュニケーションのスムーズさ、江戸期における教育の普及によって商売がスムーズにいった、街道の整備によって製品の運搬もスムーズにいった…その他いろいろ書かれていますが、どれも私から言わせれば目からうろこでした。

これほど明確に経済発展の要因を詳らかにした本はありませんでした。

興味のある人は、この本は今、『文明の生態史観ほか (中公クラシックス)』という本に収録されていますから、読んでみることをお勧めします。スキー

「生態学、民族学」を専門にしている人から、経済発展のカギを知ることが出来る…なんとも意外性に溢れた話だと思いますが、事実です。

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経済学者でも、このことを知っていないと日本も、あるいは第三世界といわれる国の発展の行方も分からなくなることは間違いないでしょう。揺れるハート

科学とは、その内容について構造を明らかにする、ということです。

いろんな領域について研究していかなくては、そのことは不可能です。

先に、大学で講義される学問は問題点を探し、それを解決に向かわせるように行動するためにあると書きましたが、梅棹氏は読者に当為を書かない、というスタンスであると指摘しました。

しかし、そのように構造を明らかにしたことで、読者は当然ながらその問題点を見つけて行動に移すことが出来るようになるでしょう。

ただ、梅棹氏は何々をしろ、というような言い方はしなかったのです。

行動の自由は法律で保障されていますから。

ただ当為を言うべきか、言わないべきか、スタンスに私とは違いがありますね。

しかし、社会にある問題点を提示する上で、幅広い視野を持つことは不可欠でしょう。

当然ながら梅棹忠夫氏はとことんまで博学な人であることに違いはありません。

そんな博学な人の対談集は学問を志す人には不可欠でしょう。

学問を志す人は、1つの専門に拘ることなく、いろんな領域に足を踏み込まなくては幅広い考えや視野を持つことはできませんし、打開策は見えてはきませんからね。手(パー)

それを現に体現していた人のモラルを体感することは、その本を実際に読むことによってはじめて可能になると私は思います。

●この対談集はコチラ!
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対論「日本探究」―外国人の日本研究

その他おススメ書籍
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文明の生態史観ほか (中公クラシックス)











【育毛講義】

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みなさん、こんにちは!

 


今回も、薄毛にならない体内環境の整備について考えていきましょう!

 


みなさんは、誰もが経験したことがあると思いますが、

 


中学校時代や高校時代のいスポーツをしていた人は、とにかくものを食べていた記憶があると思います。

 


給食を何倍もお替わりし、残り物を保管して部活前に食べ、夕食はぺロリと大飯をたいらげ、夜食にラーメンを食べる!

 



髪はフサフサで、朝登校前のセットにひと苦労!

 


これは、成長期であったからこそ、こういうことが可能でありました!

 


成長する体が、エネルギーを欲していたからだったのですね。

 


しかし、こんなことを体の成長が終わった20代30代の人がやって、つまり、こんな量のものを食べると、太ります!

 


成長が終わった体に必要以上のものを摂取すると太ります!

 


太った体になると、前回までに説明したように「ドロドロ血液」になります。

 



◆ドロドロ血液になると、血液を通って栄養が頭に行きわたらくなり、抜け毛を招きます!

 

◆ドロドロ血液になると体内のカロリーが増え、毛根ににじみ出るアブラの量が増えて抜け毛が増えてしまうという事態を招きます!

 



ですから、食べすぎは抜け毛を誘発するのです!

 


成長期は給食を何倍もお替わりし、残り物を保管して部活前に食べ、夕食はぺロリと大飯をたいらげ、夜食にラーメンを食べるなんていうことを平気でしていた。

 


それでもハゲなかった(笑)

 


しかし、成長の終わった20代30代の人間がしていては禿ます(笑)間違いなく!

 


ですから、食べすぎはやめましょう!

 


そんなこんなで薄毛に悩んでいるあなた!


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posted by ロックさん at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 生態学 民俗学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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