2016年02月14日

坂本多加雄 『問われる日本人の歴史感覚』

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この本を読んでいて、私はポールボネという作家の本を思い出してしまいました。

この人は、諸外国に比べていかに日本や日本人がユニークであるかをつまびらかに日記のようなタッチで『不思議の国ニッポン』というシリーズモノを書いたのです。

そして日本がいかに、一つの見方に偏しているかをつまびらかに書かれているのを読んで、非常に目の覚める思いを何度もしたものです。

やはり何事も視野を広げて観ることが大事ですね。

この本でも、それと同じような目の覚める思いをさせてくれるでしょう。


この本の著者である坂本多加雄さんにとって、国際社会の場においては、自分の「国家」が一番重要ということです。

この坂本多加雄さんは、この本もそうですが、他の著作を読んでいてもやはりちょっと右翼っぽい面があることに否定できません(苦笑)

でも、その内容でも学ぶ面はあることに違いはありません。

そのエゴとエゴのぶつかり合いが国際社会なのですから、日本は自分の意見を表明しなくてはいけない、ということが先のポールボネやこの坂本多加雄さんの本で分かりました。


こういうことを書くと批判めいた意見が出そうですが、確かにエゴだけを丸出しにするのはいけません。

政治とは、全体を考慮した他方との調整であり、自分のエゴだけの丸出しではいけません。

その通りです。

そのエゴの内容について多くの情報を集め、それについてつまびらかに分析したうえで、全体の調整を考慮に入れて、自分の国のいくべき道を、行きたい道を表面に出すのが政治の場であるのに間違いはありません。


それは国内政治であろうが、国際政治であろうが変わりはありません。

そのことの重要性を大学時代に学び、そのことに対する賛成の立場に私はいることに違いはありません。

この本のタイトルから発する趣旨は、歴史問題をどのように考えるか、ということですが、坂本さんは、やはりこれまでの日本の歴史の捉え方に疑問を持っていたのです。


「自国の物語を学ぶ中で、他国の人々も同じように自らの国の物語を生きているという事実に共感するという、現実の国際社会のそれよりもはるかに高次の倫理基準を設定し、日本のみに焦点をあててその行動を裁く、といった態度はバランスの取れた国際認識を育成するうえで問題である。」


と書いています。

それでは、歴史事象一般の意義を充分に把握できないものにしてしまう、ということです。

この本もそうですが、それ以外にもいろんな歴史について詳らかに書かれた本を読むと、誤りが書いてあることがあるのがわかります。

この本の著者である坂本多加雄さんによれば、これまでに書かれた歴史の論については必ずしも賛成しない、ということです。

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第二次大戦において、朝鮮の済州島での女性拉致連行は虚言であるとし、慰安婦問題についても性をひさがねばならなかった人たちがその対象になったのだといいます。

平成5年に河野洋平氏は、慰安婦問題を資料の裏付けなく、その問題について認めてしまったのです。


どうしてか、第二次大戦の敗戦国であるという立場から、日本はこの時のことについて弱腰になり、なんでも認めてしまう性癖があるようです。


やはりそこは、いろんな資料を集めてから断言してほしいものです。

そして、第二次大戦時において日本はヨーロッパ的国際秩序そのものをアジアから排除したのです。

こういった肯定的な事実については公にしないようですね。

こういったことについては誇りに思っていいのだと思いますし、日本国民もこういったことについて書かれた本をたくさん読むべきと思います。


また文明に形成についても、やはり新しい視点を持つべきことが分かります。

日本は、明治維新後にアジアの国として、唯一文明化することに成功でき、そのために植民地化されることを免れることができたのですが、かといって他のアジアの国を貶めることはないのだということが分かります。

その国の近代文明は、欧米のそれとは違った独自の道筋を経て形成されたのです。

それに気候や地理的なものも文明化には必須なのです。

しかし、それに日本は適合していたからいち早く文明化することができたのです。

その詳細については他のいろんな本を読んで勉強しましょう!(笑)

また日本のメディアの外国の評価についても、やはりダブルスタンダードがあるということを指摘しています。

それは共産主義国家についてですね。

今はもう皆無ですが、60年代や70年代や80年代の日本において、共産主義体制を高評価していた学者が多くいたのです。

しかも、岩波書店という日本を代表する出版社の本でそういうものが出版されていたのです。

神田の古本屋街に行けば、当時のそういうたぐいの本を見つけることができます。

当時の共産主義を称賛する学者は、「社会主義にまい進する人民の共和国」というような評価のされ方をしていたのです。

しかし、北朝鮮を代表とする共産主義国の惨状は、80年代初期に、指導部のおよそ経済的、科学的前提を無視した諸政策による一般民衆の厳しい窮乏状態は様々なかたちで伝わってきていました。


すると、当初共産主義国を高評価していた学者さんたちは、「(朝鮮半島の)南北分断のためにそうなった」とその判断をすり替えてきたのです。

共産主義国は、対外的には軍事に依存する国であり、体内的には国民には一切の政治的、市民的自由を抑圧し、秘密警察と強制収容所の国なのです。

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これらを鑑みれば、共産主義はもはやユートピアに過ぎず、楽園を構成することなどできた話ではないのは明らかでした。

これは信なりと信じていても、やはり事実が明るみになったら変えなくてはいけないのですね。

これのみならず、古代の日本では中国への朝貢をしていた時代がありました。

しかし、そのせいか日本はこと中国のすることについては無批判になるジャーナルがありました。

とにかく中国は間違いは犯さないのだ。

おかしいと思えることが発生したら、それは他に原因があるんだというような論調でものを書く人が少なからずいましたし、今もいます。

これは「限りなく相対的にことを判断しなくてはいけない」のが前提のジャーナリズムのすることとは思えないです。

絶対に間違いは犯さない、と信じて疑わない…何か宗教チックな話ですね。

この神様仏様は間違いは犯さない。

祈ってもうまくいかなかった事態になったら、それはこの神様仏様は悪くない。

私たちや他の要因が悪いんだ、みたいな思想ですね(笑)。

しかし、ひとたびそういう考えの風潮が固まると、それから抜け出すことが難しくなってしまうんですね。

傍らから見ているほうも、無批判になってしまう。

そこでその固まった事態から脱却するためには、やはりこの坂本多加雄さんや先のポールボネさんのように、読んだ人をアッと目の覚まさせるような考えを提示できる学者や評論家の本を読んだりしないといけませんね。


また、このブログで何回も紹介してきたカレルヴァンウォルフレンさんなどのジャーナリストのの本もですね。

そんな目の覚めるような視覚をもった人の考えを学べるものとしてこの本を紹介したいです。

●この本はこちらからどうぞ!



問われる日本人の歴史感覚











リンク http://blog.livedoor.jp/hammerdc/
posted by ロックさん at 10:04| Comment(0) | 歴史学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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