2016年09月12日

岩崎武雄 『カント』

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ここで取り上げるカントは、「哲学者」というカテゴリーに入る人ですが、まず哲学者という人の定義は、どういうものかといいますといろいろありますが、辞書等で書かれている多くは、 「社会の中での人間のあるべき姿を論じる学問」というのが多いように感じます。

これは簡単なようでいて非常に奥の深いものですね。

社会や人間を対象にするのですから、いろんな学問を治めている人やそういう気概のある人でなければ論じることはできないでしょうね。


それでは、いろんな学問に長けていて、いろんな視点を持つことができる人も哲学者の範囲に入るではないでしょうか?

カントは、数学、論理学、物理学、形而上学、道徳哲学、地理学、人間学、自然法、教育学といろんな学問に長けていたといいます。

その意味で、カントも哲学者という範疇に入るのではないでしょうか?

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カント

この本では、「経験」「道徳」といったことについて非常に奥深く、重厚に多岐にわたって論じてあり、そのいずれもが普通一般人はもちろん科学を志す人にとって目の覚めるような視点や考察が加えられており、いずれもが日常生活において役立つものであり、非常にのめりこんで読んでしまいました。


300ページ以上の本ですが、すぐに読破してしまいました。

かつて丸山真男は、『日本の思想』という本の中で、「哲学は科学を基礎づけるものである」と言いました。

科学では多岐にわたる視点が必要ですから、それは正しいです。

しかし科学を志す人が、「哲学」を学べばいいのか、あるいはいろんな学問を学ぶべきなのかは丸山氏の書いた本には詳説はされてなかったですが、その両方のアプローチが必要なのではないでしょうか?

しかし私としては、いろんな学問を学べば必然的に広い視野がつくので、特に「哲学」という学問を学ぶ必要はないのではないか、と思われてならないのですが、それについても意見が多く出てきて収集がつかなくなる恐れがありますから、それについては論じないでおきましょうね(笑)

この本はカントの著作の意義を書いたものですが、非常に濃厚で、読後の精神的な快感は読んだ人にしかわからないものです。


ぜひとも多くの人にこの本を読んでいただきたいですね。

科学のデータはいろんな媒体によって蓄積されていますが、一切の経験から独立な認識、すなわち経験的な要素を含んでいない先天的な認識も存在するのです。

また、ある一定の状態下である一定の事象が生ずるということを何度繰り返して経験しても、その故に将来においても常にそうであるということは決してできない、ということをカントは書いています。

これは目の覚める意見でしょう。

であるからこそ科学者による研究が必要なのですね。

そして、一般人もそういう研究結果にアプローチして吟味していかなくてはいけません。


新たな視点を提示できる人こそが哲学者の仕事であるといえましょう。

また科学者も同様です。

そういう視点で書かれた本はどうしても興味深く読み進めてしまうものですね。

人間や社会を論じるわけですから、多岐にわたる視点を提示しなくてはいけないのは言うまでもないですし、自分が読んだ本をただ抜き書きしただけの論文を書くことしかできない人は、失格ですね(笑)

ただし、誰もがものすごい独創的な視点を提示できるわけではないですし、そういうものはそうそうあるものではないですが、でも、そういう努力を常々続けていかなくてはならないのは言うまでもないですね。

カントは、 「総合判断」が必要であるといいます。

主語概念をその中に含まれていない概念を結びつけたものです。

これが学問的に意義ある判断であるというのです。

さらに「われわれの認識は経験なくして成立しない。したがって決して経験の範囲を超えでることはできない」と言います。

これもその通りですね。

であるからこそ人から知識を借りる必要があるのです。

本を読むのは当然ながら、人との対話も重要ですね。


「したがってそれはわれわれから独立に存在している対象のあるがままの姿ではない」のです。

これも初心に帰って心に明記したい文ですね。

どれだけ年を重ねても、どれだけ本を読んでも人や社会全部を理解できるわけではない。

であるからこそ、謙虚になって勉学を続け、人との交流を続けていこうという気概が必要でしょう。


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またカントは、「道徳」について論じています。

カントにとって道徳律の存在は決して否定できないといいます。

「道徳律のすべての理性的存在者に対して普遍的に妥当するものであるとするなら、それは決して経験的な性格を有するものであることはできない。」という個所を読んで、非常に深く読み進めてしまいました。

われわれの意志の自由が存在せず、自然因果律によって意志が規定されつくしてしまうならば、われわれは決して道徳律を考えることはできないだろう、というのです。

この意志の自由によって成り立つ道徳的世界が人間的立場を離れて無限者の立場から見られた物自体の世界であるといいうる根拠は決して存在しない、とカントは言います。

もしも、行為のもたらした現実的な結果のみによって行為の善悪を判断するならば、それは大きな誤りであることは言うまでもないのです。


利己的な意志をはじめから問題としないでおくとしても、なお意志の内容を問題としないでおくことはできないのです。

ゆえにカントは義務の意識を強調しているのです。

先にカントはいろんな学問に長けた人であると書きました。

彼が膨大な情報を得て、そこからその情報を発酵させ、加味をして妥当と判断した規範や論理を読み手に提示しているのです。


そういう多岐にわたる視点が科学や社会を進歩させるのです。

そういう哲学的な視点がです。

哲学は科学を基礎づけるものである、と丸山真男がいったわけが分かるでしょう。

ただ人の得る情報や視点にはやはり限界がありますから、情報不足視点不足という理由や、人との価値観は誰しも一致するわけではないですから、どんな名の知れた科学者でも、大科学者といわれる人でも批判は書かれるのが通常です。

カントも同様でしょう。

しかし、この本は奥深く重厚です。

目の覚める視点が次から次に出てきますから、社会だろうが自然だろうが、科学を志す人には、ぜひとも読んでほしい本であると思いました。

また人間と良好な関係を築きたいと常に思っている人も同様に!


社会にはいろんな人がいるわけですから、いろんな視点をもつ必要があるのは言うまでもないことです。

自分の経験だけで人や社会を論じることはできないのは言うまでもありません。

●この本は以下よりどうぞ!
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カント

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posted by ロックさん at 10:30| Comment(0) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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