2020年10月11日

入山聖基 『幸福な人生には原則があった』

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この本は、キリスト教について漠然としてしか知識のない人にもわかりやすく誕生当初からの歴史が書かれていますから、非常に参考になるでしょう。

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キリスト教以外にも、宗教全般について考えるに際し、非常に参考になる本だと思いました。

髪は存在するかどうか、その論争は非常に多岐にわたりいつまでも永遠に決着のつかない問題と思います。

私自身はどうかといえば、やはりいるだろうという気持ちがします。

根拠はやはり、いくら科学が発達しても、人間が地球や自然、生物を創造できる家といえばそんなことはないからです。

それと同じ根拠が、本書の25ページ以降に書かれています。

どの宗教にも属しませんが、宗教的な人間だなと思うのは、大自然の中に足を踏み入れると気分が爽快になりますし、このような宗教について書かれた本を読むと、やはり心安らぐ気がするからですね。

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これまでの人類の歴史から鑑みて、大宗教の発生位置や覇権の位置がいつまでも同じところにとどまっていないで他の場所に取って代わられることを根拠に、またその発生時期の間隔を根拠にメシアが文鮮明であるということを言っているわけです。

これには賛否両論があるでしょうし、それらについて検証するにはここでは紙幅が狭すぎますし、私の能力も超えているので、不問にしておきましょう。

ここまでこの著者さんが、その文鮮明氏に入れ込むのは、やはりその氏の行動力や氏の本を読んだときに感銘を受けたからでしょう。

文氏は、北朝鮮から迫害を受けて、興南収容所で強制労働をさせれていたようです。

そこでは、硫安を袋に詰める作業をさせられていたようですが、その硫安は触れれば皮膚がただれて粘液が流れ、吸えば肺が侵されてしまうようです。

十人一組で1300袋を入れるというノルマをこなさなければ食事を半分に減らされたようです。

こんな過酷なところでは、囚人の半分が1年以内にしんでいくのだそうです。

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     文鮮明


しかしそんな中、文氏は、自分の食事の半分を他の囚人に分け与えたようです。

そして、文氏の母が差し入れを持ってくると、文氏はそれらをすべて他の囚人に分け与えたようです。


そんな中でも文氏は不思議なことに体重が減らなかったようです。

次の日に文氏の処刑が決まったということですが、その処刑の日に動乱が起こり、文氏の他の囚人たちは出ることができたようです。

このようなことを見て、誰もがこのひとを神の再来、あるいはメシアと思っても間違いないでしょう。

そんな姿をみて、囚人の12人以上文氏の弟子になったようです。

そんな行動に駆り立ててしまった文氏はやはりカリスマ的な人物なのでしょう。

しかし…というのが私の立場です。

こんな話があります。

深見東州さんの書いたある本には、以下のように概要で書かれていました。

「私は毎朝、部屋の中を掃除する。

するといらないものが出てきてはそれを捨てる。

また重要と思える物が出てきて、それを使用する。

そんなことをいくつかピックアップしていくうちに今日すべきことがわかる。

そして掃除することによって、気分が総会になり充実した一日が過ごせる。」

そこを読んで納得した私は、それを真似しました。

掃除機をかける前に、じゃまになるものをどかします。

すると、出していない書類や、再配達以来の伝票などがでてきます。

それらを書いて郵便ポストに出したり、再配達の依頼をネットでしました。

また机の中に、使いかけの美容液や、開封して全部食べきっていないお菓子や飲んでないサプリなどがでてきました。

また冷蔵庫も掃除すると、食べ忘れていた果物やサプリもでてきました。

それらをすべて使い、そして食べることにしました。

すると、つぎから次に部屋内からいらないものが掃けていく事によって気分が爽快になっていくのがわかりました。


こうした行為の結果、今日の昼ごはんのいらないようです(笑)

もしも、この掃除をする、という行為がなかったら、おそらくこの日は、1日愚鈍としたまま過ごされたでしょうし、せっかくの果物もサプリも手つかずじまいで賞味期限が過ぎて捨てる運命になったでしょう。

そして時間もお金も無駄になったことでしょう。

掃除することで、ものすごく気分が良くなる。

その気分は非常に爽快なもので、他の何ものにも代えがたいものです。

まさに敬虔的、宗教的といって良いでしょう。

だからといって深見東州さんの主催する宗教であるワールドメイトの会員になるわけではないのです。

その人の書いた本の内容が良かったと思ったら、それをいつまでも携えていけばいいだけの話です。

そして、気が向いたときにまたそれを読み返す。

そしてまた行動が喚起されるのです。

そしてまた気分が爽快になるのです。


このように行動を律していけばいいだけの話であって、その宗教家の書いた本に感動したからと言って、その宗教に入る必要はないというのが私のモラルです。

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しかしその本は重要と思いますから、人にススメたり、このような場で紹介もしているのです。

私のモラルとしては、人間の行動を律するのは情報であって、宗教が最重要ではない、ということです。

この本の中で、「救おうとしても信じず、誤解し裏切ります。

実際、イエスもそういう目に遭ってきました。」

という事が書かれています。

やはり人間は完全には支配できないもので、また教育を施しても素直な人間でない場合もでてきてしまうのがわかります。

やはり、ひとを陥れて罪悪感を持たない人は古今東西いるわけです。

そういう精神を有する人をサイコパスというのですが、このような人はどんなに教育を施しても治らないのですから、神に祈ってそういうひとがいなくなることを祈願してもだめなのです。

ですから、そのようなひとが現れたら武装をする必要があるのです。

これも宗教では解決できない問題なのです。

科学的なものを優先する立場を取りたいのです私は。

ゆえに、キリストのいった「私はあなた方に言う。敵を愛し迫害するもののために祈れ!」ということは私には真似できません(笑)。

こんな話もあります。

ダイエットに成功したい人が集まって集団で合宿をする。

すると、誰もが監視され同じ行動を課されるゆえに誰もがダイエットに成功します。

しかし、その合宿が終了して帰宅して、普段通りの生活に戻ると、殆どの人がリバウンドして元の身体に戻ってしまう、ということです。

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それは、ダイエットに必要な情報をすべて忘れてしまうからです。

ダイエットには、エクササイズ、食べるもの、飲むもの、睡眠などそれぞれ多岐にわたる情報を実際の生活上で行動することが必要ですが決して難しいことはないのです。

義務教育を受けていれば誰でも理解できるものなのです。

しかしリバウンドしてしまうひとは、その内容を忘れてしまうか、自分を律することができなくなって気分の赴くまま行動してしまうのです。

しかし、逆にダイエットに成功し、その体型を維持できている人は、その必要な情報を脳内に維持し続ける事ができるか、あるいはそれについて書かれた本なり冊子なりをいつも読み返して、日々の生活で行動し続けるからなのです。

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要するに、気分の赴くままに行動していくことでは、また太った体に戻ってしまうということです。

情報を脳内に維持し続けて行動するかどうか、そんな些細なことなのです、ダイエットに成功するかどうかは。

それは対人関係や対社会関係についても同様です。

日々、それらについて書いた本を読み続けることで、行動を律していけることに繋がるのです。

しかし、情報が大事ということが理解できない人は、やはり気分の赴くまま行動してしまうのです。

確かに、宗教について書かれた本には良いものが多いです。

勉強になります。

しかし、わざわざ大勢の人が集まって勉強する必要はないですし、その勉強時まで待っているのは時間の無駄と思うわけです。

そうするよりも、自分で主体的に本を読んでいったほうが良い、というのが私のモラルなのです。

これまでいろんな宗教の会合に参加させてもらいましたが、どの宗教でも誠実な人ばかりでした。

しかし、学ぶ内容はどれも1人で勉強できる内容ですし、よしんば1人では学べないもの(キリストの聖書やイスラムのコーランが最たるものですね)はありますが、それを学ぶ時間を作るよりも、自分1人で読めるものを読んでいけばいいということです。

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複数のひとと一緒になってでなければ、学べない内容が自分にとって必須であるかどうかは検証はしていないですが、とりあえずは良いかなと思ってます。

これは別に依怙地になっているわけではないのです (笑)

そこをわかっていただけたら嬉しいですし、この宗教こそはあなたのモラルを根本から変えるよと言われる方がいたらコメントしてもらえたら嬉しいです。

是非ともその宗教に関する本を読んでみたいですね。

このようなモラルですから、文氏および他の宗教には入信しないというのが私のスタンスなのです。

先に書いたように、文氏の監獄でとった行為については正直感服します。

しかし、そういった行動が感動するのならば、それについて書いてある本をいつまでも携えて、読み返し、実際の生活で行動に移すべきでしょう。


文氏の行動に感動した。

だからこの宗教に入る、というのはやはり筋違い思うのですね。

文氏のみならず、妻の韓鶴子氏の行動力にも感動しました。

ならその行動を真似すればいいのであって、その宗教に入ることではないでしょう。

感動したからといってその宗教に入信して、その創始者の著した当為をすんなり無批判に受け入れることをすべきかどうか疑問に思うわけです。

文氏の書いた当為は、創造原理という本の中で書かれていて、その要約内容がこの本でも書かれています。

その行動の内容については、脳内に入れてもすぐになくなってしまうのですから、いつまでも携えていくべきでしょう。

真似をしたい方は、どうぞその内容について読むべきでしょう。


参考になる、いや学べる本だと思います。

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韓鶴子氏の本について書いたページの紹介は以下です!
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『人類の涙をぬぐう平和の母』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/476407089.html?1602402778
posted by ロックさん at 17:31| Comment(0) | 宗教学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする